No.019 2001/07 お仏具の知識/「仏具の歴史とその変遷 第3回」

仏具の歴史とその変遷 第3回

「仏具の歴史とその変遷 第1回第2回

・浄土真宗本願寺派兵庫教区阪神西組金衆寺前住職
・元文化財保護審議会専門委員
・元奈良大学教授故 光森正士先生


1.はじめに 

仏教寺院や仏前に供されるいろいろな用具は「仏具」という名で総括されている。しかし、仏具には仏に直属する真の「仏具」と、仏の教法を行ずるために用いるもの、つまり法要や儀式に欠くことのできないもの「法具」と、それから仏の教法を実践する僧、尼が必要とするものの「僧具」との三つに大別される。ところがこの三者の間で相互に融通して用いられるものがある。古くはこれを「通分」といっている。

  過去2回にわたって「仏具の歴史とその変遷」を、これらの中から適宜選んで述べてきた。華鬘と経机、仏飯器と華瓶がそれであるが、今回は僧侶が法会の際に用いる柄香炉と華籠について述べることにした。これらは法会に用いられるものであるから法具であり、同時に僧侶が常に手にもつものであるから僧具でもある訳である。この二つは古くインドにまで溯ると考えられる用具ではあるが、今日十分な資料に恵まれないので、わが国に遺るものを主にして述べることにする。  

2.柄香炉について

 香炉はインド以来の仏具で、好香を焚いて仏前に供するものをいう。インドでは雑臭を払うために好香を焚くことが古くから行われていたようだが、それが仏教にとり入れられたと考えられる。『増一阿含経』や『賢愚経』などに香煙を放って世尊および僧侶を請する話が見られる。好香を焚いて仏を奉請することから発展し、後には仏を供養するものとなったのである。

香炉は大きく分けると、居(すえ)香炉、柄香炉、釣香炉、象炉(入道場のときにたく香炉)の4種になる。ここでこれから述べる柄香炉は、香炉に柄をつけて携帯に便利なようにしたもので、手に持つことから手炉ともいう。ただし手炉にはもうひとつ手あぶりというものがあるが、これとは別物であることは勿論である。

 柄香炉もインドに発生し、それが中国を経て日本に伝ったと想像されるが、インドの古い遺品はなく、中国のものでは唐の初め頃のものが、発掘品で今に伝っている。柄香炉は大体金属製品が多いが、中国の永泰公主の墓の壁画などには、壁を塗る左官のコテに似た形の木製の柄に香炉を乗せているものがあった。

これは唐代の絵画であるから、柄香炉の発生を物語るものとすることは不可能であるかもしれないが、柄香炉そのものを考えるとき、やはり示唆に富んだ絵ではある。このように柄香炉に関しては、まだ十分な資料がなく、その発生にまで溯って、また伝来の系譜をつぶさに語ることは困難な状態にある。また、柄香炉をもつのは今日では僧侶のみで、法会のとき登礼盤する導師のみがこれをもつという風が、一般化しているが、もとは僧侶は誰もがこれを携えていたものであり、単に僧侶のみでなく、俗人も仏前に進むときこれを携えたらしい。それは中国の敦煌壁画などにそれをみることができる。

  わが国に遺る柄香炉で最古のものは法隆寺献納宝物のうちにみられ、飛鳥時代のものである。また、法隆寺の玉虫厨子の台座の部分に描かれた有名な蜜陀絵のうち、仏舎利を礼拝供養する二比丘像がそれぞれ柄香炉をもち合わせて他に塔まり(合子)をもっている。塔まりは恐らく香合の役を果したものであろう。また、法隆寺にある押出仏の光背の裏面にも二比丘が柄香炉をもっている。これらから仏や仏舎利を礼拝するとき、柄香炉をもつことが必須の作法であったことが推測される。

  さて、柄香炉そのものの基本的な形態について述べると、まず香を焚く炉、これは古い時代には朝顔形であるが、後には丸味のある蓮華形も造られる。次に、炉を支える有節の柱を立て、柱を安定するために花形の座を設け、この炉、支柱、座の三つを取り付けるには数枚の座金をはさみ、柱の上下両端をかしめて固定している。柄は炉底の柱との基底より端を発し、S字状に湾曲させ炉の口縁部より真直ぐ水平に伸び、その先端を折鍵状に曲げる。柄の末端には鎮子をつけるものが往々みられるが、これは重量のある炉の部分との重量の均衡を考えたもので、奉持しやすくしたものである。炉と柄との接合部に心葉形の金具を装するものが多い。炉はたいてい一重であるが、炉の中にさらに内炉を設けて二重の炉にするものもある。炉には普通蝶番によって蓋が着装されているが、飛鳥や奈良時代の古い作品には蓋がない。炉に一種の蓋がかりのようなものがあるから蓋の亡失も考えられないことはないが、一概にはいえないものである。

  次に柄香炉の典型を二、三挙げるが、これらには今日それぞれ名称が与えられている。しかしその名称は主として柄の形態、あるいは炉の形態から生れたものである。また使用された素材によっても分けることができる。

1.鵲尾形柄香炉

柄の末端の部分が三つ股に切り込まれ、その形が鵲尾に似るところからこの名がある。炉は朝顔形で深く、内炉をもつものがある。この種の遺品には炉の蓋が認められない。遺例としては東京国立博物館に鍮石鍛製のものが二つあり、ひとつには台座の裏に針書で「帯刀」、炉の裏に「上宮」、柄に朱書で「慧慈法師」と書かれており、高勾麗の僧慧慈がわが国に請来したものではないかといわれている。
  もうひとつには柄の裏に「山背大兄御所持」と墨書がある。これらはわが国現存の柄香炉として最古のものである。正倉院宝物や個人所蔵のうちにもこの形の柄香炉を見ることができる。

2.獅子鎮柄香炉

 柄の末端に座を設け、獅子の鎮子を取りつけるものである。
 柄は樋のごとく縁をたてU字状に溝を設けて、その溝の内に錦地を嵌め、組紐で飾るものがある。

この柄の細工は柄の曲りを防ぐための工夫と考えられる。炉は浅く口縁部に面をとり、心葉形を飾り、座は菊花状をなしている。古いものには蓋はない。普通太子型柄香炉と呼んでいるようだが、中国でも多く唐代のものが発見されているところから唐式柄香炉とも称されている。

  遺品は法隆寺の献納宝物、あるいは正倉院宝物中にこれが見られ、普通白銅鋳製であるが、正倉院には紫檀製で金銀珠玉をちりばめたきわめて華麗な柄香炉が一柄遺っている。

3.瓶鎮柄香炉

柄の末端に瓶形の鎮子をつけるもので、他の形状や構造は先の獅子鎮柄香炉のそれと大して違わない。この形の最古のものは平安時代のものにみられ、以来鎌倉、室町時代のものまで見られる。

遺品は東京国立博物館や法隆寺、中尊寺、東寺、新薬師寺等多くみかける。

4.蓮華香炉

  

炉を蓮華、柄を蓮茎、座をば荷葉に象ったもので、その全形はあたかも蓮茎一茎を横たえたような柄香炉である。
 この形のものは余り古い遺品はなく、鎌倉時代以降のものに多い。
  遺例としては、高野山龍光院に伝わるものがその代表作で、蓋を設けて蓮肉、蓮実をあらわし、茎の中途に小さな蓮葉を逆むけてつけるなど変化に富んだ形をみせている。

5.木製柄香炉 

柄香炉は材質的には赤銅製、白銅製が多く、鍛造、鋳造によって形造られるが、木製の柄香炉もある。先述の正倉院の紫檀製の柄香炉がその筆頭であるが、中世用いられた法会諸用具の中に数多く造られたものとして蓮華形の木製柄香炉がある。材は桧と思われるが、遺品として唐招提寺のものが名高い。これは炉を茶碗形に造り、これに朱彩で蓮弁を描いている。筆者所蔵のものは炉に蓮弁を刻んでいる。いずれも白土に彩色し、柄は蓮茎を象る。造りはいたって素朴で、簡素な形と彩色に興趣をおぼえるものがある。

3.華籠について

法会のとき、花を盛って仏前に散華するときに用いるもので、華皿、花皿ともいう。正倉院に遺る華籠には花筥とあり、また華篋、華盤ともいわれる。インドでは古く貴人が来臨のとき香花を散じて浄める風習があり、これより散華供養が生じたものといわれる。法会のとき如来を奉請する偈を唱えつヽ散華することが、現今でも行われている。華籠として一般化しているものは銅板に透彫蓮華文、あるいは蓮華唐草文をあしらった1尺足らずの円形の皿で、覆輪をつけ、底面に三箇所に鐶をつけ、組紐に露をつけたものを装飾的に垂らしているものであるが、この垂れ紐は古いものにはなく、平安後期くらいのものから現われる。奈良時代の華籠は竹を編んで造ったすこぶる質素なもので、正倉院宝物の中には深形のものと、浅形のものがあり、花筥と墨書のあるものは天平勝宝9年に造られている。以来竹編製の華籠は長く使用されたもので、鎌倉・室町時代を通じての遺品があり、現在も東大寺などではこれを用いている。
 竹製のものには一重編みのものと、表裏二重に編んだものとがあり、また更に表には萌黄色の薄い綾絹を張り、覆輪をつけ、組紐・露を垂らしたものも大阪藤田美術館などに遺っている。銅製透彫りの華籠として名高いものに神照寺に伝来するものが16面あり、宝相華文を巧妙に透彫りし、花の部分を鍍銀し、唐草の部分は鍍金している。

彫り口には鋤彫風のものと平面的に彫ったものと2種あり豪華な意匠である。これにも垂飾の組紐をつけるための鐶3箇が備っている。正倉院には雑玉、すなわち青・緑・黄・褐・赤などの色ガラスを銀の針金でつないだ美麗な華籠が遺っている。これは他に類をみないもので、かつてはこれを玉華鬘と呼んでいた時代がある。この他に紙胎華籠がある。愛知県の万徳寺、性海寺に遺るものが知られるが、これは紙を何枚も貼り合せて素地をつくり、漆を塗って固め、ところどころ文様を切透し、上から彩色を施したり、金箔を押したりして蓮華などの文様を華麗にあらわすものである。

  なお散華は本来生花を用いたものであるが、蓮の花などわが国では夏以外にはなく、よってこれを代用するものとして紙製の華葩が用いられた。この最古のものは緑金箋といって、大振りの蓮弁形の紙が正倉院に保存されている。華葩は全くの消耗品であったためか、他に古いものは遺っていない。

4.小結 

近頃、仏具屋で見る柄香炉は打ちもの、つまりプレスによって造られており、形はほぼ一定し、重量も軽い。しかし何となく雅味に欠ける。中世から獅子鎮に代って瓶鎮の柄香炉も行われたが、今日ではこれが棒鎮となり、これを数珠掛けと称している。鎮子のところに数珠を掛ける作法があるのかどうか知らないが、灰の入った炉の重量とバランスをとるために数珠を掛けるようになったのかとも思うが、今日既にその棒鎮もなくなっているものがあり、柄の末端に座金だけを附するものもみる。

  一方、近頃、柄香炉に灰も火種も入れず空の状態で用いることも行われている。柄香炉に火を入れ香を焚いてこそ、柄香炉を持つ意義があると思うのだが、この香煙が導師の発音の声を奪うことから起ったと想像されるが、余り煙の出ない好香を入れたらどうであろう。柄香炉を持って起居する作法も大変活発になったのは無煙無香の柄香炉をもつようになってからのことではなかろうか。元来は柄香炉と塔まり香炉とを併せ持ったのであるから、そんなに起居礼(三礼)が活発な動作で行えなかったはずである。

  散華の紙製の華葩の代りに、葬儀のときなどシキミの葉を用いるところもある。華(花)弁と葉の違いをどう説明したらよいのであろう。シキミの葉を用いるくらいなら、夏など本当の蓮の花弁を用いては如何かと思う。本来の目的や意義を忘れて、いたずらに形式化し、概念が固定化することは大変恐ろしいことに思うが、これも末世の様相であろうか。

昭和57年「京仏具」掲載 無断転載を禁ず


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